ブラッドサースティー・ブッチャーズ、23年目の最高傑作『NO ALBUM 無題』、その裏側の葛藤とは?

写真拡大 吉村秀樹。ブラッドサースティ・ブッチャーズを率いる頭脳であり、浮かんだりおぼれたりを繰り返しながら、このバンドを23年にわたり運営してきた男である。◆「ocean」PV映像◆メッセージ映像音楽に関しては「感覚派の天才」などと言われることもある。それも一面では事実ではあるが、四半世紀近くにわたり、唯一無二のバンドを牽引してきた努力をまずは称賛したい。維持する努力があったからこそ、今こうして我々はまた新しいアルバムを聴くことができ、新たな感動をブッチャーズから得ることができる。“感覚の人”だけで活動していたなら、とっくの前にこの優れた共同体は空中分解していたはずだ。なぜなら、彼らのバンド人生は荒波の連続だったからだ。メジャー・デビューした1994年からこれまで、所属したレコード会社の数は6つ。ほぼ1枚ないしは2枚で移籍を繰り返し、前作『ギタリストを殺さないで』は自主レーベルからのリリースとなった。しかし、頭抜けた才能はいつの時代も放っておかれることはない。14年ぶりに古巣のキングレコードに復帰し、このたび通算11枚目となる新作を発表した。タイトルは『NO ALBUM 無題』。同時に、以前キングから発表した『kocorono』に「1月」を追加収録した『kocorono 完全盤』もリリースされる。どちらも掛け値なしのマスターピースだ。後者は既に方々で評価が固まっているブッチャーズの金字塔だけに、さしたる説明は不要だろう。一言で言うなら「聴けば分かる」。新作となる前者は、4人になってからの最高傑作に仕上がっている。これほどまでにポップなブッチャーズの歌をこれまでに聴いたことがない。フックの強いメロディの連なりが全10曲。それでいて得意とするギター・ロックの強度は落ちていない。23年目のステップ・アップ。外側からは順調に歩みを重ねているように見えるが、吉村の胸のうちは穏やかではなかった。メンバーを叱咤激励し、フラフラになりながらようやくゴールにたどり着いたという。成熟とは無縁の、そうした蒼さや煩悶がやはりこのバンドには欠かせないのだろう。反面、いつまで経っても不安定だからこそブッチャーズなのだともいえる。大好きな酒をたしなみながら、吉村はとつとつと話し始めた。――『NO ALBUM 無題』、素晴らしいアルバムですね。とくに印象的なのがメロディで、独特なユニゾンというかハーモニーが随所で披露されています。「歌だよね、頑張ったさ(笑)。声は一番多いところで3つ重ねてるんだ。一応ハモリのつもりなんだけど、そのハモリが正しいかどうかは分からない。俺、理論とか大っ嫌いだから。体でやるっていうか、天然でやるっていうか、音階もちょっと昔っぽいしさ。友達が欲しくてやったことなのかな、とか思う……俺の化身が欲しいっていうかさ。そうじゃなきゃやってらんねえって思ったよ。そこに答えがあったんだ。それまですごく悶々としてたわけ。何度めまいが起こったことか。メンバーの良さを引き出したいとか、いろいろと考えたりして。でも全然ほかのメンバーと絡まなくてさ、俺の考えが。曲を作ってる段階から、このまま作り続けてると俺の比重が大きくなり過ぎるってのは分かってたのね。そこには行きたくないと思ってた。もうちょっと4人の個性が違う部分で聞こえるような……ダメな作品でもいいから、不思議な感じのあるアルバムを作りたかったんだよ。それを一生懸命説明してるのに、ブッチャーズって1つのことしかできないんだよな。『もっと、もっと』って言ってたら、今度はメンバーからフレーズも出て来なくなっちゃってさ。それでもところどころ、(田渕)ひさ子とかがフックになってくれたりしたんだよ。彼女も自分でバンド(toddle)を組んでるわけじゃん。だからリーダーとして理解できる部分があったんだろうね(笑)。だけど、どんどんどんどん、追い詰められてくんだよね、俺が。『どうしたらいいんだ、答え出なかったらおしまいだぜ』って」――今まで以上に「バンドとして」の作品を作りたかったということですか。「まあね……ただ、自分の思うところとはみんなが違う方向に進んでたっていうか。それは自分も含めてなんだけど。本当に、今回は怒り過ぎてた(苦笑)。射守矢(雄:ベース)だってかなり責められたから。『ふざけんな』って。長いからこそ言える仲なんだけどさ。まあ、今回のアルバムでは“射守矢色”ってのを出せなかったというのはあると思う。音としてはあるけど、曲としては比重が低くて。今までのアルバムよりは、俺の作った曲の方がかなり多いんだよ。だからある意味、ポップに聞こえるかもしれないよね。結果的にはこうしてキングからリリースされることになったけど、制作自体は既に自分たちでやってたのね。だったら、好きな方向に行きたいなって思ってた。でも自分でも捉えきれなくて、そしたら俺の音がどんどん大きくなってきて。で、追いつめられて『さあ、どう行こう』っていうポイントで、なかなか歌ができなくてさ。しかも頭にはあるのになかなか出てこないわけよ。2回も3回も踏み外して」――メロディは先に作ったんですか。「いや、完全に後乗せ。1、2曲は先に作ったけど。とにかくもう、今回の歌はギターを持たずに、曲も忘れながら作ったからね。そうしないと出てこなかったんだ、ギターを忘れないと。自宅で大声は出せないから、スタジオに個人練習で入って(笑)。ギターも持って行かなかったよ。手をブラブさせて歌ってた(笑)。前からやってた曲、例えば『フランジングサン』とかは一緒に歌もできたけど、あれなんて何年も前から作ってるフレーズだからね。確か『yamane』(2001年)の頃から。だからフレーズはメンバーに何度も聴かせてるわけ。でもいざ作ろうとすると『分からん』って雰囲気があって、それが不満だった。その不満がメンバーには分からないのよ。最後の最後、歌入れする時も『じゃあ順番通りに「フランジングサン」からやろうか?』って自分に言うんだけど、俺はそれも不満だったの(笑)。何かが違うなって。それで悶々としてるうちに、いつの間にか1人で歌を重ねてたんだよね。これって野性なんだと思う」――吉村さんは常に口を大きく開けて歌いますが、今回はさらに大きく開けて歌ってる姿が目に浮かぶんですよ。「俺の歌い方は、まっすぐにストーン!だから。変なビブラートなんて入ったら『負けだ』って思ってた。まっすぐこそ“歌”なんだって。ビブラートかけたら、誰だって上手く歌えるんだよ。本当に震わせる人って本当に上手いから。フラットもシャープも自分で操るでしょ、演歌とかそうだし。だけど、まっすぐ歌う人ってなかなかいないんだよね。恥ずかしいんだよ。歌ってる間もそうだし、今でも恥ずかしいよ」――誤解を恐れずに言うなら、今回のアルバムはポップだと思います。「それはやっぱり、俺が作ってる部分が多いから。俺って、ピアノで言うなら白鍵しか追わない男なのよ(笑)。感覚的に、マイナーもメジャーもないんだよね。そういう部分では射守矢とかが作るフレーズとは、ちょっと違うんだ」――もともと吉村さんは、広がりのある音が好きな人なのでは?「そう、ホワーンって言えばいいかな。フンワリしてるっていうか。例えば、炭酸みたいな(笑)。でももっと、メンバーにはその炭酸感を分かって欲しくてね。この先へ行こうと思ったら、もっと引き出すしかないでしょ。俺に炭酸があることをメンバーは分かってないよ、まだまだ。しかもメンバーにもあるんだよ、その炭酸は。なのにやるべきことしかやらないから、もったいない(笑)。新作を作り終えてメンバーに言った言葉は『もう2度とこんなアルバムは作りたくねえ!』だったからね(笑)。みんなポカーンとしてたよ。今までいろんなことを経験してるのに、何でそんなところに来るんだろうね?」――どうしてでしょうね(笑)。ただ、40を越えても未だにその荒削りな感覚を持っているのは純粋にすごいことだとは思いますが。「今回、いろんな人から言われるんだよね、それ(笑)。しかも年が近ければ近いほど(笑)。自分では分からないな。人とは違うところを求めてるのかな?とは思うけど。でも一方ではバンドの一員だと思ってて、その思いの方が強かったりする。ただ、自分がいなかったら、このバンドは決して成り立たないだろうなってことも毎日考えるよ」――とはいえ変な具合にシリアスにはならないですよね。解散を口にするとか、仲が険悪になるとか、そういう話とは次元が違う気がします。「うん。俺はもっと先を見たいし、先を感じたい。だから俺は言うわけ。言い方は子供かもしれないけど……あとは個性を尊重したい。もっともっと、炭酸のシュワシュワをさ、あるんだからさ、あいつらには」――十分にシュワシュワが出ていると思いますよ。だってブッチャーズの形容詞は「日本の至宝」やら「唯一無二の存在」やら、すごいものばかりじゃないですか。「そんな存在だったら、俺、別に貧乏じゃないと思うぜ(笑)。自分でも最低の人間だと思うし、誰よりもローだと思ってる。そこで戦ってるんだから。今日を生きるので精一杯なんだよ。でもその切迫感は表現力とはイコールじゃなくて、実はバンドがいつも奮い立たせてくれるんだ。必ず、毎回、毎回ね」――少しだけバンド運営に疲れてしまったんですかね。「うーん、せっかく4人でやってるんだから、一番の本音は前のアルバムとは違うものを作りたいってことだよ、バンドとして。でも俺だけが強いんだ、その思いが。そもそもレコーディング入る前にミーティングとかしないしさ。出した音を拾ってもらうところから始まるから。前は射守矢が曲を持ってきたけど、今回はあまりなかったし。その点ではひさ子が持ってきてくれたね。例えば俺が病気とかでスタジオに行けない時とか、バンドをまとめる役をやってくれたよ」――確かに、田渕さんと共作して共に歌ってる「curve」はアルバムの中でも強烈なフックになっています。「あれこそ、バンドが目指す先にあった曲。あれぐらいフックのあるところから出発したかった。別にヴォーカルを変えるとかいうことじゃなくて、逆に言うと、誰が何をやっても良かったのよ。発想を自由にして行かないと、俺に対しての責任が膨れるばっかりで。苦しい時なんかは特にそうだけど、やっぱり違う視点が欲しいじゃない? 4人もいるわけだから。並行してやってるDischarming manではそんなことないのにな」――それは関わり方の問題なのでは?「まあね、Discharming manに入ったのも成り行きだしな。あのバンドはエビ(フロントマンの蛯名啓太)が明確にやりたいことがあるから。エビは“僕の歌”を歌うタイプで、そこは俺と違う。エビは感覚の男で、俺はその感覚の部分を引き出してあげたい。ただ、あのバンドを経て思うのは、もう1人、ブッチャーズにこういうブレインがいたら面白いのかなって」――いやいや、それは絶対ダメでしょう、ブッチャーズでは。破綻しますよ。「俺が求めてるのは相談じゃないの、感性なのよ。俺は昔、コーパス(・グラインダーズ:名越由貴夫らと組んでいたバンド)をクビになった男だから、ほかのバンドはやりたくないなって思ってたんだけど、エビは自然と引き寄せてくれる。精神的にすごく助けられてるし、心地よいプレッシャーもあるんだ。音楽に対しての感覚……そのバンドに対しての“愛”だと思うんだけど、そこを表現しなくちゃいけないってことを、逆にすごく教えてもらったよ」――今回のアルバム・タイトルが『NO ALBUM 無題』の理由は?「今まで言ったこと、全部がそうだから。『俺が言ってることは無題なんだよ』ってずーっと思ってたからね。アルバムを作ってる時に、頭に来て、『こんなのアルバムじゃねーんだよ』って思ってた。だから『NO ALBUM』ってこと。そういうのを一生懸命パンクで勉強してきて……そういうこったい」――今回のアルバム・ジャケットは、深井克美さんの作品を起用してますが、この絵を使いたいと思ったきっかけは?「18の時にふらっと立ち寄った美術館で個展をやってたんだ。それで『この絵みたいなアルバムを作りたいなあ』って、ずーっと思ってた。脳裏にこびりついてたのね、青春でしょ、いわゆる。今まで、ジャケットはリアルタイムでコラボしてきたじゃない? 奈良(美智)さん(『banging the drum』『ギタリストを殺さないで』『bloodthirsty butchers VS +/-{PLUS/MINUS}』)とか、ジミー(大西)ちゃん(『未完成』)とかさ。それでもあの絵のことはずっと頭の中にあった。今がその絵と合うタイミングだったのかもしれないけど、やっぱり巡り合わせかな。大体そうやって巡ってくるものを受け入れて、自分も表現してるから」――そういう不思議な巡り合わせって、今までも体験してますか。「この先も来て欲しいけどね。今は、もっと4人で体感していきたくて……上手く言い表わせないけど、炭酸のシュワシュワでもいいけどさ(笑)、シュワシュワいつも出てるんだから、いつもシュワシュワしないと」――またそこに行きますか(笑)。さて、今回は14年ぶりにキングレコードに復帰。以前キングからリリースした『kocorono』の完全盤も同時に発売されるわけですが、公言しているように、このアルバムは吉村さんの中でも突出した位置づけですよね。「『kocorono』で視点を変えようっていうのはあった。そこを起点にして、それ以降のストーリーが始まるっていうか。きっかけを探してた頃で、それを上手くできたからバンドが続けてこれたんだと思う。そう思って作ったから、『ここで終わってしまってもいい』っていう思いと『自分で音に対して取り組みたい』っていう思いの分岐点であったことは確かだよね。いろんな感情をぶちまけたり、いろんなことに意固地になってる自分もいたりして、重い部分を背負ってるところもある。今回は全部リマスターしたんだけど、先にいろんなリマスターを聴いたわけよ。レッド・ツェッペリンは上等だった。フガジは、『いいんだけど、俺の好きなアルバムのリマスターはダメだあ』とか(笑)。ビートルズに至っては『何だよこれ』って感じ。ラジオから聞こえてきただけでも別物で、あれはビートルズが演奏してないと思った方がいい(笑)。でもデジタル・リマスターとかくそ食らえだけどな。で、『kocorono』のリマスターをやるにあたって、やるんだったら同じスタッフでやりたいってのがあってさ、エンジニアも何もかも含めて。苦労したよね、3日間も根詰めて。でもね、それを必死に乗り越えて、作業の中で自分を確かめるところとか、感動する部分が多々あったよ。同じスタッフで、同じアナログのテープを回して。当たり前だけど、俺たちは年を重ねてるわけで、利口にもなってる。でもさ、譲れないことは譲れないじゃん。いくら時間がかかっても譲れない。そういった作業の中で、スタッフ含めてみんなが愛情を注いでた。『ああじゃない、こうじゃない』とか言いながらね」――同じスタッフということは、プロデューサーの名越由貴夫さんも加わったわけですね。「うん。彼は厳しいけど、優しいところもすごくある人。昔からそうなんだけど、人の野性をぎゅっとつかんでくれるんだよね。今回の作業も本当にそうだった。今回、『1月』を入れてるけど、『kocorono』はやっぱり『2月』から『12月』なんだよ。『1月』ってタイミング的にもつなぎの曲なんだよね、その前にコーパスがあったし。きっかけとして作った曲には違いないけど。『kocorono』は、発売してからスヌーピーのジャケがさしかえになったりとかいろいろとあったけど、自分の中で『ブッチャーズの決定的な1枚にしたい』って思いははっきりしてた。もう一回あのアルバムに立ち向かうことで、感覚の面でリアルさを受け止められるんじゃないかなとも思ってたね。リアルっていうのは今回の新作にもあるし、この先にもあると思うんで、リマスターはそういうきっかけになったよ」――ところで『kocorono』の完全盤をきっかけに、自分は久しぶりに名越さんと吉村さんが共作したCharaの「タイムマシーン」(1997年)を聴いたんですよ。今聴いても全く古びていませんでした。「あの曲は、当時の新しいものを取り入れるっていうよりも、ロウ・ファイな部分を選りすぐって持ってくるってところから始まってるから。さっき言った野性の部分もそうだし。加えてChara自身もそういう人だから色あせないんだと思う。俺の中では『kocorono』と『タイムマシーン』はすごく通じてるんだ。曲作りも発想も、名越くんとの関係もあって。あの悲しいハーモニカにしてもそうだし。ハーモニカなんだけど、何か変な音が入ってるでしょ? あのハーモニカのシミュレーションをめちゃくちゃ時間かけて家でやってたんだよ。本当にJ-ポップなんてくそだからな、みんな横並びなんてさ。今も誰かに曲を書いてみたいと思うけど、Charaほど魅力のある歌い手さんはいないよね。彼女の動物的な部分が好きなのかもしれないね。エンターテイナーは嫌いなんだ。上手くやりくりしてるような部分が見えると、とたんに冷めちゃう。こないだ名越くんとも話したよ、なぜあれができたんだろう?って。長い長い物語があるんだよね、あの曲には。野性と感性の巡り合わせが……語り尽くせないぐらいのさ」写真:Shigeo Kikuchi『kocorono 完全盤』2010年3月10日発売KICS-90587 ,800(tax in)『NO ALBUM 無題』2010年3月10日発売KICS-1518 ,940(tax in)<無題ナノダ>5月15日(土)大阪(十三)Live Bar Fandango[問]SMASH WEST 06-6535-55695月16日(日)名古屋(今池)HUCK FINN[問]JAIL HOUSE 052-936-60415月21日(金)東京(新代田)FEVER[問]SMASH 03-3444-6751◆bloodthirsty butchers オフィシャルサイト◆bloodthirsty butchers レーベルサイト

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